なぜ、権田修一の嫁が浮気?逮捕の原因は、怪我・土下座・性格・病気に関係が?

どうも、サッカー解剖者の本田です。
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今回は、元日本代表プロサッカー選手の権田修一を紹介して行く。

いっときは、サッカーをしていなかった時期があった権田修一。気になっている人たちもいることだろう。

少し見ていこう。

なぜ、元日本代表の権田修一の嫁が浮気?

権田修一の嫁・篠田裕美

交際し始めたのは高校生の頃からで、嫁さんは権田修一さんより1学年下なので先輩後輩の関係にあたります。

交際期間は5年間と長い2人です。

サッカー選手の美人嫁ということで有名な彼女ですが、大学生時代はモデルとしても活躍していました。

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今の職業はネイリストということになっていますが仕事してるのかな・・・?

モデル並みの美貌をもっていますが、ネット民の評判は良くなく「勘違いモデル」なんて言われています(笑)

自身のブログの更新も頻繁に行い、自分を芸能人と思いこんでいるようなところが嫌われてしまっている原因です。

旦那さんがサッカー選手で人気職業なので、あまり表には出ず裏でサポートに徹する方がいいと思います。

正直、私も出たがりな嫁さんって好きにはなれないですね・・・。

可愛い系ですね。サッカー選手の奥さんは、美人というよりは、可愛い系の方が多いですね。

権田修一の嫁が内田篤人と密会?

浮気を疑われる嫁さんですが、この1枚の画像が原因です。

この画像は内田篤人さんに招待されてシャルケ04の試合に夫婦で観戦にいったときのものです。

写真をとっているのは権田修一さんかな?

浮気を疑われるのも2014年のワールドカップ中などに、権田修一さんが現地に行っているにも関わらず応援もせずに遊び歩いてブログ更新などをしているからでしょう。

試合に出場する可能性は低いといううのはわかっていたと思うのですが、行動は慎まなければいけませんね。

それとこの画像の内田篤人さんのファッションセンスも笑いの的になっています。

本人曰く普段はジャージで過ごすと言っていましたが、本当にファッションに興味がないのですね(笑)

こういった写真一枚で、浮気と言われたらサッカー選手も困りますよね。

権田修一の逮捕の原因は、土下座・オーバトレーニング・怪我・性格・病気に関係が?

J1鳥栖社員がわいせつ容疑で逮捕されたのが、勘違いされていたよですね。

以下がその内容です。

J1鳥栖、社員が準強制わいせつ容疑で逮捕。「皆様に深くお詫び申し上げます」

J1のサガン鳥栖は28日、運営会社である株式会社サガン・ドリームスの社員が準強制わいせつ容疑にて逮捕されたとして公式サイトで報告し、謝罪を行った。

社員は28日に逮捕されたとのこと。「被害者の方、関係の皆様に深くお詫び申し上げます。そして、日ごろからサガン鳥栖にご声援を頂いているファン・サポーターの皆様、ご支援いただいている株主、スポンサー、地元自治体の皆様をはじめとする多くの関係者の皆様に対して、多大なるご迷惑をおかけし、お騒がせいたしましたことを深くお詫び申し上げます」とクラブは謝罪の言葉を述べている。

28日夜には本拠地ベストアメニティスタジアムにおいて、社員逮捕についての会見を開催することも発表されている。

それぞれ報道関係者と一般のファン・サポーターを対象とした2回の会見を行うとのことだ。

権田修一と逮捕は関係なかったということですね。それでは、土下座・オーバトレーニング・怪我・性格・病気について話して行く。

土下座

味の素スタジアムで4月1日に行われた明治安田生命J1リーグ第5節後、サガン鳥栖GK権田修一は古巣・FC東京のゴール裏へ挨拶に向かった。

この時、権田は地面に両手と両ひざを付いて号泣したが、2日に自身のツイッターで「土下座」の意図はなかったと説明。併せて「土下座コール」などもなかったと投稿した。

FC東京に在籍していた権田は、2015年7月頃にオーバートレーニング症候群を発症し、シーズン終了まで戦線を離脱。

翌年の2016年、オーストリア2部のSVホルンに期限付きで移籍し、リーグ戦通算17試合に出場した。

SVホルンには2017年1月まで所属し、1月14日には欧州での移籍の可能性を模索するため、所属元のFC東京との契約を両者合意の下で解除していた。

しかし2月6日、権田の移籍先として発表されたのは鳥栖だった。こうした経緯もあり、試合前はFC東京から強烈なブーイングを受けた権田。

しかし、試合後にFC東京ゴール裏に挨拶へ行くと、古巣のサポーターからは拍手と「頑張れよ!」といった声援が送られ、権田は感極まって号泣。

地面に両手と両ひざを付くなどの行動を見せた。この一連の動作について、権田は「土下座をしたつもりはありませんでした」と説明。

そして「これからは謝罪ではなくプレーで感謝の気持ちを皆さんに伝えていけるようにしていきたいと思います!」と続けた。

FC東京への挨拶が土下座の背景にあったんだね。

オーバートレーニング

2015年夏に、権田修一はオーバートレーニング症候群を発症後は、シーズン終了まで試合には出場できなくなってしまいました。

オーバートレーニング症候群とは、普段からだを鍛える為にウエイトトレーニングやランニングをやることはよくあります。

ウエイトトレーニングでは筋力をつける為に自分の持てる重さよりももっと重たい物を持つことで筋力アップの効果を狙っていきます。

こうやって筋力へ過負荷をかけること (大きな負荷の運動) を「オーバーロード・トレーニング」と言います。

「オーバーロード・トレーニング」をやった後は食事で栄養をとったり身体を休めるなどの休養をとり疲労回復を行ないます。

それをしないで毎日「オーバーロード・トレーニング」を繰り返すと身体には疲労やストレスが溜まって今までやってきたトレーニングの効果も悪くなってくるようです。

こういったことが原因で体調不良を起す障害を「オーバートレーニング症候群」と言います。

怪我

権田は2017年9月10日に行われた明治安田生命J1リーグ第25節のベガルタ仙台戦で先発出場したが、11分に負傷交代。

鳥栖の発表によると、同選手は仙台市内の病院へ救急搬送され、入院して検査を受けた結果、11日に退院したという。

鳥栖は権田の症状や全治見込み等については明らかにしていないが「今後は鳥栖に戻ってから病院受診、経過を見てまいります」と報告している。

権田を負傷交代で欠いた鳥栖は、仙台を相手に1-4と大敗を喫した。次節は16日、ヴァンフォーレ甲府をホームに迎える。

性格

権田修一が元SVホルンで話した性格がわかる一言。「結局、僕はこういう性格なんです」

「ようやく、サッカー選手としてピッチに戻ってきましたよ」

そう自虐的に語った権田修一の声は、明るさに満ちていた。

今冬、FC東京から期限付きでSVホルンに移籍した。本田圭佑が実質オーナーを務めるオーストリア3部(現在2部に昇格)のクラブで、元日本代表GKがプレーする。

そのニュースは少々驚きを持ってサッカーファンに受け入れられた。

昨季途中に、オーバートレーニング症候群による戦線離脱を経験。心機一転、新天地で勝負する思いを胸に渡欧した。

想像とは異なる形だったが、自身の念願だった欧州挑戦の機会を手にした権田。意気揚々と、実戦の場に身を投じた。

しかし3月、権田にさらなる悲運が重なった。

ホルンデビュー2試合目の途中に、接触プレーで右足を強打。診断の結果、脛骨骨折で長期の離脱を余儀なくされたのだ。

結局、チームは2部昇格を果たしたが、権田はシーズン終了までゴールマウスに立つことはなかった。

「だって、去年のほうがきつかったから」

度重なる離脱劇。当初は、さすがに声を掛けづらい雰囲気も漂っていた。そんな空気を、権田自身があっけらかんと払拭した。

「悲壮感ですか? それが感じなかったんですよ。だって、去年のほうがきつかったから。あの経験をしているから、こんなケガぐらいという感じだったんです。

要は、去年は体は元気だけど気持ちがおかしかった。今回は体がおかしくなったけど、意欲は満タン状態。だから、まずは冷静にどうするべきかとすぐに考えられました」

長期の離脱となれば一度帰国して手術、リハビリをすることが得策とも思われたが、権田はオーストリアで全てを行う決断をした。そこには、こんな覚悟が隠されていた。

「去年のつらい経験がなくて海外に来て、今回いきなりケガをしていたら結構凹んでいたかもしれない。

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ただ今回は、自分の中でヨーロッパできっちり勝負するという決意を持って飛び出してきた。ホルンのスタッフも『帰国しても良いよ』と言ってくれたけど、僕は『残ります』と即答した。

ホルンも2部昇格の機運が高まっていた時期だったので、極力僕もクラブから離れずに、気持ちだけでも一緒に戦いたかった。プレーができなくても、毎日クラブハウスに来て、みんなと話して、何かを伝えて。

圭佑くんが僕を獲った理由には、そういうところも含まれていると思う。圭佑くんは僕に『普段通りにやってくれればいいよ』と言ってくれた。

僕にとっての普通は、そういう行動。ホルンでリハビリして、みんなと一緒に戦う。シーズンが終わるまで、そのスタンスでやり切ろうと思いました」

本田圭佑選手はやはりすごい選手ですね。

日本人監督に戸惑うオーストリア人との橋渡しに。

4月に入ると、クラブは監督交代に舵を切った。新たにやってきたのは、日本人の濱吉正則氏。本田の命を受けた指揮官だったが、クラブ初の日本人監督に現地出身の選手たちに戸惑いも広がった。

権田は、冷静にチーム状況を観ていた。そして彼は動いた。

「監督交代は僕もFC東京で経験があるけど、やっぱり大変なことです。ましてやオーストリアのクラブに日本人指導者がやってきた。

現地の選手たちも、練習に対する考え方が違ったりするので戸惑ったと思う。僕は、日本で普通なことがこちらでは普通ではない、という気持ちでここに来た。

だから濱吉監督の指導も、僕ら日本人にとっては普通なことでも、オーストリア人にとっては普通ではなかったのだと思う。

例えば、2部昇格が決まった試合の翌日も、リカバリーの練習をした。僕らの感覚からすれば、ここからも試合は続くので当然コンディション調整は必要です。

ただこっちの選手は、そのシーズンの目標を達成すればそれで終わり。来季はまた新たに考えようというスタンス。

目標達成したのに、何でまだ動かないといけないのかが理解できないみたいだった。

そういう時に、選手目線で同じ立場同士で何かを伝えたり、理解させたりすることが必要だと思った。だからアプローチの仕方や伝え方を工夫しました。

内容が内容だけに難しかったけど、ドイツ語と英語を交えて話しました。たぶん、オーストリア人にとっては理不尽なこともある。

ただ、それを理解できた選手が今季はチームに残った印象です。でもそれで良いと思う。チームの哲学の元でプレーするのが集団競技でもあるので」

「結局僕はこういう性格なんですよ」

チームのために動いた結果、自分に跳ね返ってきたある発見もあったという。権田は続ける。

「プレーが出来ない中、何で貢献するかといえばこういうところしかない。あとあらためて思ったのは、結局僕はこういう性格なんですよ。

去年、東京でも『何でこんな事まで味方に言わないといけないんだろう』とか思っていたこともあった。

もちろん言い過ぎてはいけないし、やり過ぎてはいけないと自分を省みることもある。ただ、クラブのことを考えたり、チームのバランスを見るというのも、僕の性格。

理想を言えば、みんなが不満なく、チームがひとつになってやるにはどうしたらいいのか。そんなことを考える。

東京でいた10年間は、それが良いか悪いかわからなくなっていた。でも綺麗事ではなくて、僕は自分がどうこうよりもみんなが充実しているほうが楽しいし、うれしい」

チームの為に考える性格の選手だということがわかりました。

病気

それは、上記に挙げたオーバートレーニング症候群という病気ですね。

権田修一の移籍先鳥栖の年棒は?

権田修一の過去の年棒とともに紹介して行く。

[選手名]: 権田修一(ごんだしゅういち、ゴンちゃん)
[国籍]: 日本人
[出生地]: 東京都世田谷区
[生年月日]: 1989年3月3日
[身長]: 187cm
[体重]: 83kg
[ポジション]: GK
[利き足]: 右足
[チーム]
1995-2000 さぎぬまSC-ユース
2001-2003 FC東京U-15-ユース
2004-2006 FC東京U-18-ユース
2007-2016 FC東京
2016 →SVホルン (loan)
2017- サガン鳥栖
[タイトル・記録]
日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会 優秀選手 (2003年)
フルーナベイヘン国際ユース大会 ベストGK賞 (2008年)
など

|年|年齢|年俸(円)|チーム|出場数|得点数|
FC東京のトップチームに昇格 203試合
2007 (18)  350万円
2008 (19)  350万円
2009 (20)  350万円
2010 (21)  500万円
2011 (22)  1,000万円
2012 (23)  2,800万円
2013 (24)  3,500万円
2014 (25)  3,500万円
2015 (26)  3,800万円
SVホルン (loan)に移籍 17試合
2016 (27)  3,800万円
サガン鳥栖に移籍 33試合
2017 (28)  3,800万円
2018 (29)  3,800万円

年俸総額 2億7550万円 253試合

権田修一の2018年の年棒は、活躍もあり、5,000万円になった模様。

権田修一のインスタ・ツイッター・ブログは?

まずは、インスタから。

家族のインスタをここでは載せておく。

ツイッター 

最新のツイッターの画像を載せておきます。


ブログ 

権田選手のブログはないようです。

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サッカー解剖者・本田

現役時代に全国大会を経験。 Jリーガーとプロの海外選手に指導を受け、「なぜ、日本の選手が上手くならないのか?」に気づき、そのサッカーでの『気づき』を子供たちに教えている。 また、小・中合わせて200人前後のサッカークラブの指導者として、サッカー上達への道しるべとなった経験がある。

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サッカー解剖者・本田

現役時代に全国大会を経験。 Jリーガーとプロの海外選手に指導を受け、「なぜ、日本の選手が上手くならないのか?」に気づき、そのサッカーでの『気づき』を子供たちに教えている。 また、小・中合わせて200人前後のサッカークラブの指導者として、サッカー上達への道しるべとなった経験がある。