遠藤保仁の年棒推移が日本トップ?兄弟、髪型、本、スパイクが気になる方へ調査!

遠藤 保仁(えんどう やすひと、1980年1月28日 – )は、鹿児島県鹿児島市出身のプロサッカー選手です。Jリーグ・ガンバ大阪所属で元日本代表。ポジションはミッドフィールダーで、実兄は元サッカー選手の遠藤彰弘だそうです。

今回は、サッカー面ではなく、年棒や兄、髪型などプライベート面を紹介していきます。

遠藤保仁の年棒推移が日本トップ?

遠藤選手は、日本のサッカー界を盛り上げてきた選手の一人です。現役で、プレーしている中の選手ではかなりのベテラン選手なので、日本トップの年棒をもらっているのだと仮定しました。年棒推移とともにみていきます。

2020年J1リーグ、プロサッカー選手平均年俸
3446万円

平均年齢
26.75

J1リーグ登録選手数
566人

J1プロサッカー選手 年俸ランキング

順位選手名年齢ポジションチーム2020年の年俸
1アンドレス イニエスタ36歳MFヴィッセル神戸32億5000万円
2トーマス フェルマーレン34歳DFヴィッセル神戸5億円
3ジョー33歳FW名古屋グランパス4億円
4ランゲラック31歳GK名古屋グランパス2億円
4ドウグラス32歳FWヴィッセル神戸2億円
6酒井 高徳29歳DFヴィッセル神戸1億4000万円
7家長 昭博33歳MF川崎フロンターレ1億2000万円
7中村 憲剛39歳MF川崎フロンターレ1億2000万円
9槙野 智章33歳DF浦和レッズ1億円
9ジョアン シミッチ26歳MF名古屋グランパス1億円
9キム ヨングォン30歳DFガンバ大阪1億円
9位遠藤 保仁40歳MFガンバ大阪1億円
9ガブリエル シャビエル26歳FW名古屋グランパス1億円
9西川 周作33歳GK浦和レッズ1億円
9杉本 健勇27歳FW浦和レッズ1億円
9レアンドロ ダミアン30歳FW川崎フロンターレ1億円
9昌子 源27歳DFガンバ大阪1億円
9小林 悠32歳FW川崎フロンターレ1億円
9清武 弘嗣30歳MFセレッソ大阪1億円
9キム ジンヒョン32歳GKセレッソ大阪1億円
9ダンクレー28歳DFヴィッセル神戸1億円
9柏木 陽介32歳MF浦和レッズ1億円

日本選手の中では4位、海外選手と合わせれば9位という年棒順位になっています。酒井高徳選手が、日本人選手の1位なんですね。遠藤選手は、チームにいるだけでチームに貢献していますから、今後も頑張って欲しいですね。

続いて、年棒推移をみていきます。

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|年|年齢|年俸(円)|チーム|出場数|得点数|

横浜フリューゲルスに加入 16試合 1得点
1998 (18)  340万円

京都パープルサンガに移籍 53試合 9得点
1999 (19)  800万円
2000 (20)  1,200万円

ガンバ大阪に移籍 568試合 97得点
2001 (21)  3,000万円
2002 (22)  3,700万円
2003 (23)  5,200万円
2004 (24)  5,800万円
2005 (25)  6,500万円
2006 (26)  6,500万円
2007 (27)  7,500万円
2008 (28)  8,500万円
2009 (29)  1億0000万円
2010 (30)  1億1000万円
2011 (31)  1億3000万円
2012 (32)  1億3000万円
2013 (33)  1億3000万円
2014 (34)  1億3000万円
2015 (35)  1億3000万円
2016 (36)  1億4000万円
2017 (37)  1億5000万円
2018 (38)  1億5000万円
2019 (39)  1億0000万円
2020 (40)  6000万円

年俸総額 19億5040万円 637試合 107得点

2020年は、6000万なんですね。上記のまとめは、2019年の年棒だったそうです。

遠藤保仁は兄弟がいたからこそプロになれた!

遠藤選手は、三人兄弟です。どんな、兄弟なのか少しみていきます。

プロになれたのは、淡々としているように見える完全に血筋だったそうです。

兄弟が生まれた鹿児島県の桜島は、当時から非常にサッカーが盛んなところでした。サッカーに対しては町ぐるみのサポートがあり、特に運動能力が高い子供は誰もが自然にサッカーを始めていました。

子供の数は決して多くありませんが、当時としては珍しく、野球よりもサッカー人気のほうが圧倒的に高い。そういう環境で生まれ育ったことで、僕たち兄弟もサッカーに熱中しました。

2歳上の兄・拓哉と、4歳下の弟・ヤット。僕たち3兄弟はいつも自宅の庭で、学校に行く前の時間を使って毎日のように2対2のミニゲームをやっていました。

対戦相手は近所に住んでいた仲の良い兄弟。上の子が兄と同学年、下の子が僕の一つ年下でした。「2対2」と言ったのは、主にこのミニゲームに参戦していたのが僕と兄で、年の離れたヤットはいわゆる《味噌っカス》として端っこで見ていたり、ちょっとだけ参加したり……

そういう感じだったので、少し悔しい思いをしていたのかもしれません。ただ、僕が兄に「負けたくない」と思っていたように、ヤットも兄に対して同じ思いを抱いていたと思います。

今思うと、少し年齢が離れていたことが逆に彼の反骨心を煽ることになったのかもしれません。ヤットとは4つも学年が離れていたので、自宅の庭以外で一緒にサッカーをやった記憶が実はあまりありません。

ただ、男兄弟ですからケンカはたくさんしました。例えば、遠藤家には自転車が1台しかなかったので、よく奪い合いがありましたね。でも、ヤットは小さかったので相手にならない。

つまり、いつも僕や兄に先を越されて、アイツはほとんど自転車に乗れなかったんです(笑)。

両親がケンカの仲裁に入るようなことはありませんでした。2人とも「自分たちで解決しろ」というタイプで、表立って怒鳴り散らすようなことも、子供のケンカに口を挟むようなこともない。

とはいえ、内に秘めた意志の強さを持っている人たちなので、兄弟も確実にその血を受け継いでいると思います。感情をあまり表に出すことなく淡々とプレーしているように見えるのは完全に《血筋》ですね。

《ヤットのルーツ》についてはよく聞かれるのですが、特別な何かに大きく影響されたとは思いません。

あえて一つ挙げれば、兄弟は指導者に恵まれたと思います。中でも桜島で僕らにサッカーを教えてくれた藤崎信也先生は、ヤットのプレースタイルを確立する上で非常に大きな存在でした。

藤崎先生の練習は、とにかく基礎の繰り返しでした。止める、蹴る、走る。その反復。この時期にサッカー選手としてのヤットの《ベース》ができ上がったことは間違いないと思います。

思えば当時は、日本全体で指導者のレベルがグッと上がった時期だったと思います。藤崎先生は実は《先生》ではなく、自分の時間を削ってまで子供たちにサッカーを教えてくれていたボランティアのコーチでした。

桜島のサッカー少年たちは皆、藤崎先生に育てられたようなものです。僕自身も含めて、先生にはすごく感謝しています。

ヤットはピッチで最も良い選択肢を選ぶことができる

また、中学生の時にJリーグの開幕を迎えたヤットは、プロの世界を意識しやすい時代に育ったとも言えるかもしれません。そういった環境の中でブレることなく目標に向かって成長し続けてきたことがヤットの性格的な強さだと思います。

藤崎先生からはいつも「勝つこと」の大切さを教わっていたので、親譲りの部分もあるにせよ、負けず嫌いな性格は幼少期からのサッカー環境によって養われたのかもしれません。思えば、そういった性格は鹿児島県の《土地柄》でもある気がしますね。

それから、兄もヤットも、鹿児島実業高校では松澤隆司先生(現総監督)に非常に厳しく指導していただきました。そうした厳しさの中で「いかに効率良くやるか」を学べたことは大きかったと思います。松澤先生は子供たちの自主性も尊重してくださるので、自分たちで考える力、アイデアを生む力は必然的に養われました。

ヤットだけでなく、先輩のゾノさん(前園真聖)や僕と同学年の城(彰ニ)も含めて、鹿実で育った選手たちは皆、ピッチの中で《考える力》を持っていると思います。

学生時代はほとんどなかったのですが、僕がプロになった頃から少しずつ、ヤットのプレーを意識的に見るようになりました。藤崎先生からは「ヤットはこういうプレーをする」、「一つ下のポジションが合っているかもしれない」ということを聞いていたのですが、当時はまだ、自分のことで精いっぱい。

だから、ヤットがどういう選手なのかについては、彼が高校生の頃に知ったというのが本当のところです。ヤットがプロの世界に入ってきてからの関係は、兄弟ではなく《ライバル》。一人のサッカー選手として向き合ってきたので、弟とはいえ「負けたくない」という強い気持ちを持っていました。

ヤットのプレーを客観的に見られるようになったのも、僕が現役を引退してからのことです。そうした視点で彼のプレーを見ると、改めてその能力の高さに気付かされますね。

ヤットは常に、ピッチで最も良い選択肢を選ぶことができる。その背景にはやはり少年時代に培った《ベース》があると思うので、藤崎先生に教わったことの大きさを実感しています。

サッカー選手としてのヤットを形成しているのは、自分の思ったところに止める、蹴るという基本技術だと改めて思います。

兄弟としての関係は大人になってからもそれほど変わらず、特別なことがなければ連絡を取り合うようなことはありません。僕は今、育成年代の指導者としてサッカーと関わっているので、相変わらずヤットのプレーも客観的な目で見るようにしています。

ただ、教えている子供たちからは「サインをもらってきて」とか「PKの蹴り方を教えて」と言われることもあるので(笑)、ヤットが与える影響の大きさも日々実感していますね。

ただ、PKについては、いつも「あれはヤットにしか蹴れない」と言って実演を断っています(笑)。

兄として、ヤットに対しては何も心配していません。恐らく、舞台がJ2になったことで自分のレベルが下がったと言われることを最も嫌がると思いますが、そうした空気でさえも糧にして一層トレーニングに励んでいると思います。

そういう性格にこそ、ヤットの強さや成長の理由があると僕は思います。

遠藤一家の次男がここまで遠藤選手を褒め称えています。やはりサッカーはアホではできないということです。考えられる選手にしかサッカーは上手くならないということなんです。

遠藤保仁の髪型を調査!

遠藤選手の髪型にしたいという人がいるみたいです。

G大阪の遠藤保仁のような髪型にしたいんですが
あれはストレートパーマあててると思います?

こんなように憧れている人が多いようです。

⬇︎遠藤選手の当初のガンバ時代の髪型2枚⬇︎

⬇︎遠藤選手が日本代表当初の髪型3枚⬇︎

⬇︎日本代表で少しなれてきた時に長めな髪型3枚⬇︎

⬇︎南アフリカワールドカップ前の髪型2枚⬇︎

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⬇︎南アフリカワールドカップ後の髪型⬇︎

⬇︎ワールドカップ後の日本代表での髪型4枚⬇︎

⬇︎ここ最近の髪型2枚⬇︎

遠藤選手の髪型含めた髪型の雰囲気は、ものすごくかっこいい要素が満載ですね。プロサッカー選手のがっつりセットというよりは、元々の地毛を活かしている感じで、特に髪型を大幅に変えることはないようです。

遠藤選手のような親父だったらいいなと本当に思います。

遠藤選手の本が生き方を変えてくれると話題に!

 

 

「国際Aマッチ出場数最多記録保持者」「東アジア最多出場記録」「2014年JリーグMVP」など、数々の記録をもつ天才サッカー選手・遠藤保仁の「一瞬で決断できる」シンプル思考の原点に迫る!年齢を重ねるごとに進化する「最速で最高の決断」をくだす思考のつくりかたの極意44を大公開!「一番になる必要はない。賢くなって生き残るほうが大事だ」

 

本書では、五輪代表チームをはじめ、多くのトップアスリートが支持するメンタルトレーナー・浮世満理子氏が、遠藤保仁を直接取材。彼の“心のあり方”を徹底的に分析し、「緊張」「不安」「焦り」などに負けることなく、常に自分らしくいるための簡単メソッドを考案。

○緊張を緩和させる方法
○プレッシャーを回避する方法
○周りの評価に流されない方法
○突然のピンチに焦らない方法
○ストレス耐性を高める方法
○集中したい時に集中できる方法
○失敗を恐れず立ち向かう方法
○自分の弱点を克服する方法

など、22のメソッドを収録しています。

大舞台でも緊張せず、何があってもブレることのない遠藤保仁のメンタリティには、多くの人々が注目している。

スポーツ分野に限らず、学生や社会人にとっても、“心の調整”は必要不可欠。どんなシチュエーションにおいても、それに対応できるメンタル力があれば、可能性が広がる。

多くのトップアスリートが支持するメンタルトレーナー・浮世満理子先生が、彼の“心のあり方”を徹底的に分析し、メソッドを考案。

遠藤保仁がアンブロこだわりとは?

遠藤選手は、アンブロのスパイクをずっと履いているイメージです。なぜここまでにこだわりがあるのでしょうか?

実際にインタビューしていたのをみたので載せておきます。

――遠藤選手はumbroのスパイクを履いていますね。スパイクへのこだわりはありますか?
遠藤:umbroさんにお世話になってから結構経ちます。年々変化をして、しっかりと対応をしていただいています。

スパイクは、その時の自分の足の状態に合わせて、紐をゆったり締めたりきつく締めて履いています。最初に足を入れた時のフィット感を大事にしているので、足にシックリくるumbroのスパイクを選んでいますね。

――スパイクを試合で使用するまでに、練習でどれだけ試していますか?
遠藤:umbroさんがばっちり仕上げてきてくれるので、足にすぐ馴染むのが良いですよね。練習で慣らしてから試合で履くという感覚はあまりないです。新しいスパイクを履いて試合に出たことがありますし。ワールドカップの時も、そうでしたからね。

今回の 『ACR CT』は、今までとは素材が違うスパイクですね。こちらも履きやすくてシックリくるので、試合ですぐに使えると思います。

――最適なスパイクの選び方をどう考えていますか?

遠藤:デザインなど初めは形から入りますよね。後は、最初に足を通した瞬間の履き心地の良さが、大事なのかなと思います。

とサッカースパイクについてインタビューを受けていました。他にもインタビューを受けていたのですが、そちらが私にとってはかなり印象深い内容で、そらここまで人格がある人になるわと思いました。

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その内容がこちらの5つの内容です。

――プロ選手になるまでに役に立った練習法はありますか?

遠藤:的を目掛けてよくボールを蹴っていました。また、石を蹴ってどこを蹴ればどう回転するか、先を読むことの大事さなど遊びの中にヒントがあると思います。

――遠藤選手ご自身の得意なプレーは何であると考えていますか?
遠藤:ブレイン(脳)を使ったプレーですね。目で見えないですけど。サッカー選手として自分を支えてきた武器だと思っています

――いつからブレインを意識するようになりましたか?
遠藤:小学生の頃からですよ。指導者に「頭を使ってプレーをしよう」と言われてからですね。

――サッカー人生で辛かった時に、どのようにして乗り越えてきましたか?
遠藤:あまり考え過ぎないことですね。僕自身も数多くの苦い経験をしてきましたが、成長する為に必要かなと思ってやってきました。自分自身を追い込み過ぎないようにするのが、大事なのかなと思います。

――モチベーションを上げる方法はありますか?
遠藤:サッカー以外の時に、何も考えないことですね。明日練習があるからといって、楽しいことを止めることもないです。普段はリラックスをして、仕事の時だけ集中しています。

深くまで頭を使わない選手が多いように思います。惰性で行ってしまうのが人間。だからこそ、やるときは徹底して頭を死ぬ気で使うそんな風に私はとらえました。やはり、何が大事なのかというとみんながやらないことをみんなができないレベルで徹底してやり切るところのように思いました。

ますます、遠藤選手の魅力に引き込まれますね。今後も応援したいです。

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サッカー解剖者・本田

サッカー解剖者・本田

一浪&公立高校出身/総理大臣杯(全国2度)や関西1部リーグに出場チームのレギュラーメンバー/サッカーコーチとして200名以上の指導経験。 活躍したい選手の専属サポートをしています。『上手くならない』は絶対にない。常に分析・考えることが圧倒的に足らないだけ。 アマチュア選手上達へのきっかけ作りを提供しています!

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サッカー解剖者・本田

一浪&公立高校出身/総理大臣杯(全国2度)や関西1部リーグに出場チームのレギュラーメンバー/サッカーコーチとして200名以上の指導経験。 活躍したい選手の専属サポートをしています。『上手くならない』は絶対にない。常に分析・考えることが圧倒的に足らないだけ。 アマチュア選手上達へのきっかけ作りを提供しています!