<日本代表&マリノス>山中亮輔の怪我はどうなのか?彼女と年棒も公開!

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今回は、サッカー日本代表であり横浜FMの山中亮輔選手を紹介していく。

早速だが、見ていこう。

<日本代表&マリノス>山中亮輔の怪我はどうなのか?

山中選手は、怪我で日本代表を離脱することが多かった。怪我の回復期間は?どうして怪我をしたのか?怪我について色々みていこうと思う。

横浜F・マリノスは28日、DF山中亮輔の負傷状況を発表した。

山中は、11月に大分と愛知で行われたキリンチャレンジカップ2018の日本代表メンバーに初招集され、20日のキルギス戦(豊田)でA代表初先発を果たし、開始2分に電光石火のデビュー弾を決めていた。

この試合でフル出場した山中だが、その後負傷が発覚。横浜市内の病院で検査した結果、左ハムストリング肉離れで全治まで3週間を要する見込みとなった。

同選手は今季の明治安田生命J1リーグで32試合に出場し、4得点をマークしていた。

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現在12位の横浜FMは、1試合を残した段階でまだ残留を決められていないが、最終節で引き分け以上で終えると、15位以内が確定する。

緊張もあったのだろうか?ハムストの肉離れはかなりややこしい怪我。しっかり治して欲しいね。

[2017年8.26 J1第24節 横浜FM1-0FC東京 日産]

もしかしたら1年前、ブラジルの地で躍動していたかもしれないし、悔しさを味わったかもしれない。

しかし、DF山中亮輔は“何かを得るはずだった”ブラジルの地を踏むことなく、リオデジャネイロ五輪代表の活動も終わりを迎えた――。

リオ五輪を目指す年代別代表に手倉森誠監督が就任して以降、山中は不動の左SBとして活動してきた。

チームの初陣となった14年AFC U-22選手権から始まり、同年10月アジア大会、15年3月リオ五輪一次予選、そして16年1月のリオ五輪最終予選を主軸としてプレー。

チームで数少ない左利きという希少価値もあり、ブラジル行きは当確と思われていたが、リオ五輪開幕まで3か月を切った16年5月に負傷。

そして、約2か月後の7月1日に発表されたリオ五輪代表メンバーに山中の名前はなかった。

「あれは本当に落ち込みましたね、…本当に。個人的にも(五輪の)出場権獲得に貢献できたという自負があったし、ケガをしていなければブラジルに行けていたかもしれないので、あのケガはすごく苦しかった」

あれから約1年が経ち、所属クラブは下部組織から育ってきた柏(14年は千葉に期限付き移籍)から横浜F・マリノスに変わった。

序盤は負傷の影響もあり、リーグ戦初出場は第10節鳥栖戦と遅れ、「全然試合に絡めなくて、僕的にもすごく厳しい時期を過ごした」ものの、第15節FC東京戦で初先発を飾ると、その後は先発の座を守り続けて結果も残す。

左足から繰り出す鋭く正確なパスで決定機を演出し、第17節大宮戦では移籍後初ゴールを記録。

さらに本職の守備でも第20節新潟戦からの5試合連続完封に貢献と攻守に躍動している。「ポジション争いが激しいので必死ですけど、今は結果が出ているので充実しています」と白い歯を見せた。

「マリノスで出ているだけで精一杯のところがあるので、代表のことは考えている余裕が今はありません。

もちろん、ゆくゆくは代表を目指したいけど、まずは地に足をつけてマリノスのレギュラーとして最後までやり続けたい」

奇しくも、ここ数試合で逆サイドとなる右SBの位置に入るのは新潟から今季加入したDF松原健だった。

リオ五輪世代の代表メンバーとして、ともに汗を流しながらも、同じようにケガをした影響もあって本大会メンバー入りを逃した男だ。

「健くんも僕もマリノスに来る上で、大きな覚悟を持ってきていると思う。僕なんかは、『ここで成功しなかったら終わりだ!!』くらいの思いでした」。

山中は言う。リオ五輪前のケガは「すごく苦しかった」と。しかし、1年経った今、以前のように左サイドで躍動する姿を見せている。

「今後、自分が大きくなる上で『あの経験があったから』と言えるように、もっともっと成長したい」。

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再び輝き始めた左の翼は自身が成長を続けることで、その言葉を証明していく。

深い挫折からしか、大きな成長は得られないかもしれない。全ては、本人次第だが、確実に言えることだろう。

強い想い。サッカー選手としてのあり方が素晴らしいが故に今大きな結果を出しつつある。

日本のサッカー少年にその哲学のようなものをサッカーをさせる以前に教えるべきなのかもしれない。なぜなら、今の子供たちは、失敗から逃げる選手背を向ける選手があまりにも多いから。

<日本代表&マリノス>山中亮輔の彼女はかわいいのか?

日本代表のサッカー選手ということもあり彼女はやはり可愛いのか?みていこうと思う。

髪型がエクザイルっぽくていかにも遊んでいる風貌の山中亮輔選手。

当然彼女の存在が気になりますね。

ただ、現在いろいろと調べて見ましたが、とくに情報はありませんでした。

きっと彼女はいると思いますが、一般人との付き合いではあればなかなか情報にあがってきませんので結婚報道待ちっていうところでしょうか。

柏レイソルのホームページの選手紹介ページの好きな女性のタイプにはももクロの百田夏菜子さんと書いています。

可愛い系が好きなんでしょうね。

どうなんでしょう?おそらく彼女はいますね。

結婚の早いサッカー選手は多いですし、日本代表での飛躍をきっかけに、入籍発表!なんてこともあるかもしれませんね。

山中亮輔選手をネットで検索すると、『山中亮輔 彼女』このようなキーワードが出来ている。これは山中亮輔選手に彼女がいるかどうか、気になっている人が検索している証拠であります。

恐らく、山中亮輔選手の女性ファンが検索していると思います。

山中亮輔選手は結構イケメンな顔をしております。もし彼女が居ても、一般人でしたら表には出てこないでしょう。

もしも、何か動きがありましたらこのブログに追記していきます。

<日本代表&マリノス>山中亮輔の年棒推移は?

日本代表の若手。どのくらい年棒をもらっているのか気になりますよね。せっかくなので見ていきます。

2015年 (22歳)
柏レイソル 700万円

J2のジェフ千葉にレンタル移籍していた2014年シーズンでの成長が認められて柏レイソルに復帰。

左サイドバック不足のチーム事情もあり多くの期待を集めましたが輪湖直樹選手にポジションを奪われてわずか11試合の出場に終わります。

2016年 (23歳)
柏レイソル 800万円

オリンピックアジア予選での活躍もあり開幕からレギュラーポジションを確保するも5月8日の川崎フロンターレ戦で負傷。

リオデジャネイロオリンピックも絶望となり、怪我から復帰した後半戦は輪湖直樹選手に再びレギュラーポジションを奪われ13試合の出場にとどまりました。

2017年 (24歳)
横浜F・マリノス 3000万円

横浜Fマリノスに完全移籍すると第15節からレギュラーポジションをつかんでなくてはならない存在となりつつあります。

育成年代から柏レイソル一筋でしたが横浜Fマリノスへ移籍。

この際にかかった移籍金は0円ですからマリノスのフロントはうまくやりましたね。

柏レイソルの4倍の年俸を支払う価値があると判断して、実際に2017シーズンはその価値を証明しています。

逆に柏レイソルは隣の芝生は青くみえたのか簡単に生え抜きの選手を移籍させすぎたという印象ですね。

FMのスカウト陣は目がいいですね。日本代表で活躍できる選手を若手の時にレイソルに移籍させるっていうのは。

だから、J1で居続けるしJ2に落ちたとしてもすぐに這い上がってこれるチームなのだと思うね。

若手にこれだけ高額の年棒をかけてプレーしている責任。その責任を背負ってプレーしている山中選手を賞賛したい。

今後の日本サッカー界をさらに盛り上げて欲しい。

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サッカー解剖者・本田

サッカー解剖者・本田

現役時代に全国大会を経験。 Jリーガーとプロの海外選手に指導を受け、「なぜ、日本の選手が上手くならないのか?」に気づき、そのサッカーでの『気づき』を子供たちに教えている。 また、小・中合わせて200人前後のサッカークラブの指導者として、サッカー上達への道しるべとなった経験がある。

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サッカー解剖者・本田

現役時代に全国大会を経験。 Jリーガーとプロの海外選手に指導を受け、「なぜ、日本の選手が上手くならないのか?」に気づき、そのサッカーでの『気づき』を子供たちに教えている。 また、小・中合わせて200人前後のサッカークラブの指導者として、サッカー上達への道しるべとなった経験がある。