クロアチア代表の注目モドリッチ選手とイケメン選手を公開

クロアチア代表の選手に注目して紹介していきます。

クロアチア代表・モドリッチ

グループステージでは前回大会準優勝のアルゼンチンを破り、決勝トーナメント1回戦ではデンマークを相手にPK戦の末に勝利を収め、ベスト8へ進出したクロアチア代表。

サッカー解説者の松木安太郎さんも今大会のダークホースとして注目し、ついに優勝を狙える位置までやってきた。

そんな躍進の立役者として真っ先に名前が挙がるのは、キャプテンと背番号10を託されているルカ・モドリッチ選手だろう。

グループステージのナイジェリア戦、アルゼンチン戦で2試合連続ゴールをあげ、マンオブザマッチにも2試合連続で選出された。

スポンサーリンク

所属するレアル・マドリードでは今シーズンの欧州制覇を成し遂げており、クラブと代表での2冠にも期待が寄せられている。

Historia . Dinastía . Leyenda. 🏆🏆🏆🏆❤🙏🏻 #CHAMP13NS#HalaMadrid

Luka Modricさん(@lukamodric10)がシェアした投稿 –

難民の家族として生を受ける

モドリッチ選手は1985年9月9日、クロアチアのザダルという場所で生まれる。

ボスニア戦争中にセルビアの侵略者から逃れた難民の元に生まれ、父はクロアチア軍の車の整備士、母は織物労働者であった。

地元のサッカークラブ・NKザダルの会長は、幼少期のモドリッチ選手を見てこう語ったという。

「1日中ホテルの駐車場の周りでボールを蹴っている少年がいた。彼はとても痩せていて同年代の子供と比べても本当に小さかったが、すぐに彼が特別な何かを持っていることを見ることができた」

当時モドリッチ選手は、クロアチアの人気クラブであるハイデュク・スプリトのセレクションを受けるも、フットボーラーに必要なフィジカルを備えていないと拒否される。

しかし、その後クロアチアきっての名門ディナモ・ザグレブのスカウトの目に止まり、キャリアに光が差すこととなる。入団後すぐにクオリティーの高さを見せつけ、クラブはすぐに契約を10年延長。

クラブ職員によって多くの成長補助食品も与えられ、コンプレックスであった身長もゆっくりとしっかり成長していった。

さらなる成長を求めたモドリッチ選手は試合経験を積むため、他の国内クラブへ2年間レンタル移籍。

経験を積み成熟した後で2005年にディナモ・ザグレブで本格ブレイクを果たし、3連覇と国内カップの獲得に貢献し、2007年にはリーグ年間最優秀選手に選出された。

トッテナムを経て白い巨人・レアルへ

ディナモ・ザグレブでの活躍を経たのち、2008年にトッテナム(イングランド)へ移籍。

当時のチームメイトには同じクロアチア代表のDFチョルルカ選手、のちにレアル・マドリードでもチームメイトとなるギャレス・ベイル選手が在籍していた。

2009-10シーズンにはクラブ史上初のチャンピオンズリーグ出場権獲得に貢献し、翌年のチャンピオンズリーグでベスト8に進出した。

そこでの活躍が認められ、白い巨人・レアル・マドリードがモドリッチ選手の獲得に興味を示したが、トッテナムはこれを拒否。

しかしレアル加入を夢見ていたモドリッチ選手は、練習をボイコットするなどトッテナムに対して強硬な姿勢をとり、クラブも罰金を課すなど両者の関係が崩れ始め、レアル・マドリード移籍が決定した。

2012年の加入以降、最初は順応に苦しんだものの、今ではレアルを影で支える中盤の絶対的存在として君臨。

2017年にハメス・ロドリゲス選手が退団してからは背番号10を託され、攻撃のかじ取り役としてのチームを支えている。

史上初のチャンピオンズリーグ3連覇にも大きく貢献し、世界最優秀選手に贈られるバロンドール受賞の期待も高まっている。

悲劇の連続だった少年時代

前述の通り、モドリッチ選手の家族はボスニア戦争の影響を受けた難民。当時は衣服すら不足していたり、非常に貧しく不自由な生活を強いられていた。

祖父は戦争によって命を落とし、親戚の家が燃やされるなど悲劇が続いた少年時代だった。

しかし、モドリッチ選手の父親がもともと機械に関するエキスパートであったことから仕事が見つかり、貧困から抜け出すことに成功。そのおかげでモドリッチ選手はフットボーラーの夢を追いかけることができた。

今ではモドリッチ選手の活躍で家族も裕福な暮らしを送っており、十分すぎるほどの親孝行を果たしている。

また、難民出身のフットボーラーとして、スイス代表のグラニット・シャカ選手、元ベルギー代表のクリスティアン・ベンテケ選手、元ポルトガル代表のナニ選手らとともに国連が定める「世界難民の日」にも積極的に参加している。

「Football」と「Family」

2006年ディナモ・ザグレブへ復帰した年に現在の妻となるヴァンニャさんと交際をスタート。

スポンサーリンク

2010年トッテナム在籍時に結婚し、現在は3人の子供にも恵まれ、幸せ溢れる生活を送っている。

「私はサッカーの試合でできるだけベストを尽くそうとしている。私はモデルや何かではない。私はサッカー選手だ。心の中にあるのは2つの“F”だけだ。(Football and Family)」

8 years! 💍🙏🏻❤ #anniversary

Luka Modricさん(@lukamodric10)がシェアした投稿 –

Merry Christmas!🎄❤😍🙏🏻

Luka Modricさん(@lukamodric10)がシェアした投稿 –

アイドルは元ブラジル代表・ロナウド

自身が憧れる選手として、モドリッチ選手は元ブラジル代表の”怪物”ロナウドさんの名前を挙げ、こう語っている。

「成長してから、私の最初のすね当てにはロナウドの写真がプリントされていた。私はナイキ製品が大好きで、ロナウドが大好きだった。だからそのすね当てをプロとしてプレーしてから何年もつけていたんだ」

注目のイケメン選手

ドゥイェ・チャレタ・ツァル

《名前》
ドゥイェ・チャレタ・ツァル

《生年月日》
1996年9月17日

《年齢》
21歳

《ポジション》
DF

《背番号》
15

《所属クラブチーム》
ザルツブルク

《身長》
192cm

《体重》
88kg

長身を活かした守備が持ち味のドゥイェ・チャレタ・ツァル選手。

パスの精度も高く、前線へのロングパスでアシストをすることもあります。

また、セットプレーでは得点源にもなるという万能なプレーヤーです。

シメ・ブルサリコ

《名前》
シメ・ブルサリコ

《生年月日》
1992年1月10日

《年齢》
26歳

《ポジション》
DF

《背番号》
2

《所属クラブチーム》
A・マドリー

《身長》
183cm

《体重》
75kg

2016年のユーロ終了後にクロアチア代表を引退した、スルナから正式にポジションを継承したシメ・ブルサリコ選手。

スピードに乗って右サイドを駆け上がり、多彩な起動を描くクロスで得点に絡むキープレーヤーです。

くせ毛?がトレードマークですね。

イバン・ラキティッチ

《名前》
イバン・ラキティッチ

《生年月日》
1988年3月10日

《年齢》
30歳

《ポジション》
MF

《背番号》
7

《所属クラブチーム》
バルセロナ

《身長》
184cm

《体重》
79kg

中盤の要として、仲間を活かすためのプレーが目立つ、縁の下の力持ち的存在のマルセロ・ブロゾビッチ選手。

所属するバルセロナでの経験をクロアチア代表でも遺憾なく発揮してくれるでしょう。

個人的には今回のロシアワールドカップ・クロアチア代表の中で、マルセロ・ブロゾビッチ選手がナンバーワンのイケメン選手だと思います!

金色の短髪が似合う爽やかなイケメンです!

ルカ・モドリッチ

《名前》
ルカ・モドリッチ

《生年月日》
1985年9月9日

《年齢》
32歳

《ポジション》
MF

《背番号》
10

《所属クラブチーム》
R・マドリー

《身長》
173cm

《体重》
65kg

今回のクロアチア代表を牽引するルカ・モドリッチ選手。

所属しているレアルマドリードでは、中盤の深い位置からゲームを組み立てていますが、クロアチア代表ではトップ下でプレー。

自ら得点に絡みながらも正確なアシストも魅力です。

間違いなくスタメンで出場してきますので、ぜひチェックしてみてください!

フィリップ・ブラダリッチ

《名前》
フィリップ・ブラダリッチ

《生年月日》
1992年1月11日

《年齢》
26歳

《ポジション》
MF

《背番号》
14

《所属クラブチーム》
リエカ

《身長》
185cm

《体重》
77kg

中盤の底で献身的な守備をするのが持ち味のフィリップ・ブラダリッチ選手。

攻撃への参加が課題のようです。

今回のロシアワールドカップでもスタメンではなさそうですが、殻を破ってさらなる成長が期待されるプレーヤーですね。

スポンサーリンク

The following two tabs change content below.
サッカー解剖者・本田

サッカー解剖者・本田

現役時代に全国大会を経験。 Jリーガーとプロの海外選手に指導を受け、「なぜ、日本の選手が上手くならないのか?」に気づき、そのサッカーでの『気づき』を子供たちに教えている。 また、小・中合わせて200人前後のサッカークラブの指導者として、サッカー上達への道しるべとなった経験がある。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

ABOUTこの記事をかいた人

サッカー解剖者・本田

現役時代に全国大会を経験。 Jリーガーとプロの海外選手に指導を受け、「なぜ、日本の選手が上手くならないのか?」に気づき、そのサッカーでの『気づき』を子供たちに教えている。 また、小・中合わせて200人前後のサッカークラブの指導者として、サッカー上達への道しるべとなった経験がある。