ベルギー代表のイケメンメルテンスと注目選手のルカク!

世界トップクラスのチーム。ベルギー。

FIFAランキング3位まで駆け上がってきた今最も旬なチーム。

今回は、そんなチームを代表する2人を紹介していきます。

ベルギー代表のイケメンメルテンス

《名前》
ドリース・メルテンス

《生年月日》
1987年5月6日

《年齢》
31歳

《ポジション》
FW

《背番号》
14

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《所属クラブチーム》
ナポリ

《身長》
169cm

《体重》
61kg

エデン・アザール選手やデブライネ選手ほど派手ではありませんが、ベルギー代表の攻撃には欠かせない存在のドリース・メルテンス選手。

2017-2018シーズンは所属するナポリで20得点を記録し、他のビッグクラブからも熱視線を浴びているようです。

ツーブロックの髪型とヒゲが似合うドリース・メルテンス選手が個人的はベルギーナンバーワンのイケメン選手ですね。

メルテンスの経歴

クラブチーム

ベルギー代表ドリース・メルテンスのクラブチームでの実績

2004〜2007:ヘント(ベルギー)0試合出場0得点
2005〜2006:エンドラハト・アールスト(ベルギー/レンタル移籍)14試合出場4得点
2006〜2007:AGOVV(オランダ/レンタル移籍)35試合出場2得点
2007〜2009:AGOVV(オランダ)73試合出場28得点
2009〜2011:ユトレヒト(オランダ)65試合出場16得点
2011〜2013:PSV(オランダ)62試合出場37得点
2013〜:ナポリ(イタリア)132試合出場50得点

RSCアンデルレヒトの下部組織に入団してキャリアをスタートしたドリース・メルテンス選手。

当時はトップチームにはたどり着けず、KAAヘントの下部組織に移り、2004年にKAAヘントのトップチームに昇格。

2005年にはベルギー・サード・ディビジョン(3部)のエンドラハト・アールストにレンタル移籍、2006年にはオランダのAGOVVアペルドールンにレンタル移籍し、2007年に完全移籍。

その後、2009年5月25日にFCユトレヒトに移籍。2011年6月28日にはチームメイトのケヴィン・ストロートマンとともにPSVアイントホーフェンへと移籍を繰り返しました。

2013年6月24日には現在所属するSSCナポリへ、ラファエル・ベニテス監督就任後の補強選手として完全移籍。

10月30日のACFフィオレンティーナ戦でセリエA初ゴールを記録。加入1年目はリーグ戦33試合で11得点を記録。

2016-17シーズンにゴンサロ・イグアインがユヴェントスFCへ移籍すると、ストライカーとしての才能を開花させエースの地位を確立しました。

12月11日のカリアリ・カルチョ戦ではハットトリックを達成し、次節のトリノFC戦でも4得点を記録。

12月30日には2016年のベルギー最優秀選手賞を受賞しました。

2017年2月のボローニャFC戦でもハットトリックを達成し、リーグ戦では35試合で28得点を記録しました。

ベルギー代表

ドリース・メルテンスのベルギー代表での実績

2004:U-17ベルギー代表:4試合出場0得点
2009〜:ベルギー代表:60試合出場13得点

ベルギー代表としては2014年の「FIFAワールドカップ」、2016年の「UEFA EURO 2016」それぞれベスト8という結果を起こしています。

今回のロシアワールドカップでも優勝候補の一角として注目されるベルギー代表の得点源として期待されています。

プレースタイルは?

元々PSV在籍時代はサイドアタッカーとして有名だったメルテンス選手。

169cmという小柄な身長から想像できるようにメルテンス選手は高い足元の技術力とスピードを活かし、相手DF陣を切り裂くようなドリブルが武器です。

また裏への抜け出しのタイミングもよく、一瞬でチャンスを演出する事ができます。

またキック精度も高く前線や中のスペースに効果的なパスを送る事の出来る俊敏なテクニシャンと言えそうでうね。

そんなプレースタイルは同じくナポリに所属するイタリア代表、インシーニェ選手と非常に似た選手といわれていて、実際にセンターフォワードに起用されるまではおもにバックアッパーとして途中出場がメインでした。

やがてセンターフォワードにコンバートされたメルテンス選手は高い決定力を発揮しています。

今回のベルギー代表では、エデン・アザール選手やケビン・デ・ブライネ選手に比べるとインパクトでは負けますが、ベルギー代表の攻撃に欠かせない存在ですね。

注目選手ルカクの軌跡

ロシアW杯、日本代表が決勝トーナメント1回戦で対戦するベルギー代表の、ロメル・ルカク選手。

190センチ、94キロの巨漢ながら足元の技術にも優れており、かつスピードがある驚異のフォワードだ。プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドFCに所属している。

グループリーグ第2節で負傷交代をしていた。第3節のイングランド代表戦は欠場したが、日本戦では問題なく出場できる見通しだということだ。

Last night before we go #TunnelVision

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そのルカク選手の私生活や人柄について迫ってみる。

規格外の活躍だった少年時代

1993年、ベルギー北部のアントワープに生まれる。

ルカク選手の父親は熱心なサッカーファンで、かつてザイール共和国(コンゴ民主共和国で1971年から1997年まで用いられていた国名)でプロとしてプレーしていた経験もある。

彼は、それこそ「一試合も」プレミアリーグの試合を見逃すことをしなかったという。

父親のロジャー・ルカクさんの影響で、テレビでサッカーの試合を見るようになり、次第に熱中していった。5歳の頃に地元の「ルペル・ブームFC」に入団したルカク選手は、メキメキと頭角を表し、2004年、「リールセSK」にスカウトされた。

In 2007 with @rscanderlecht against Lens against @raphaelvarane #tbt

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ルカク選手はこのチームで、68試合で121ゴールを決めるなど規格外の活躍を見せる。のちRSCアンデルレヒトに移籍後も93試合で131ゴールという結果を収めると、ルカク選手は国内で最も注目される若手プレーヤーの1人となった。

苦しかった少年時代

ルカク選手の家族は、コンゴ民主共和国人の移民。

地域ではマイノリティであった黒人コミュニティに属しており、そのため差別を受けることもあった。さらに父親がサッカー選手を引退すると生活は一気に厳しくなり、満足な食事をすることも難しくなった。

電気が通らなくなる日も増え、温かいシャワーは浴びることができず、テレビも家から消えた。

母親のアドルフィンさんは、食事の際は牛乳に水を入れ、量を増やすなどして口に糊をしていたのだとか。16歳でプロデビューする頃は、文字通り食事にもゴールにも「飢えていた」という。

ルカク選手は、「自分の子どもや、兄弟の子どもに自分が経験したような思いをして欲しくない。まだ僕の心には当時の辛かった思い出が残っている。

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だから僕はフットボールをしているんだ」と明かし、アフリカ系で、ヨーロッパに家族ごと移住してきた人たちは同様の問題を抱えているとした。

ルカク選手がこういった自身の生い立ちを明かしたのは近年のことだ。その理由は、同様の環境にいる若い世代を勇気付けたかったからだという。

「いい暮らしを求めてアフリカからヨーロッパに移住してきた人たち、そしてその子どもは苦しい境遇にあり、家族を助けるためにそれこそ何でもするだろう。

そうした子どもたちに、僕がどうやって現在の僕になったか見てほしいと思っている。そして、最終的には若い世代全体を勇気づけたいんだ」

現在、母親のアドルフィンさんは、ルカク選手のキャリア形成をサポートするため、現在は専門家としてサッカービジネスに携わっている。

サッカークラブがルカク選手と契約などの話をする時には、彼女を通さなくてはならない。

You know what you mean to me. I love you ❤ #MothersDay

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弟のジョーダン・ルカクさんも現在プロの選手として活躍しており、ルカク選手によると「弟は僕より上手いし、強くて技術のある左ウインガーの選手なんだ」ということだ。

なるほど。こう言った経験は日本人にはいませんよね。

雑草魂というか。

世界で活躍する選手は、違った場面でどん底に行って苦しんでいるような経験をしているよなって思います。

だから、ここまでの選手になれるんだよなって心底思います。

 父親のために奔走したチェルシー時代

ルカク選手は、チェルシー在籍時代に父親を刑務所から出すために尽力したことがある。というのも、父親のロジャー・ルカクさんが女性を車でひき殺そうとした容疑で、裁判にかけられることになったのだ。

その女性は過去にロジャーさんが関係を持っていた女性であり、彼は「ほとんどは彼女の作り話によるものだ」と主張した。

ルカク選手は父親のために最高クラスの弁護士を雇うなど奔走したが、結局父親は15ヶ月間の間、刑務所に留置された。心身ともに悩まされたこの期間、ルカク選手のパフォーマンスは振るわなかった。

プライベートは?

ルカク選手は独身。2014年までは一般女性であるジュリアさんとの交際が報じられることもあり、互いのSNSでもデートの様子を公開することが多かったが、現在そうした投稿を見ることはない。

ちなみに、2017年には女優のサラーさんとのデートが報じられている。

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尊敬する選手

ルカク選手はチェルシー所属していた時に何度も励ましを与えてくれたダビド・ルイス選手を尊敬している。

ルカク選手が落ち込んだ時には必ず、ダビド・ルイス選手は何度も彼が前向きになる言葉をかけたのだという。

「ダビド・ルイス選手は、将来勝利するためには、時に負けることも必要だと教えてくれた。

チェルシーを辞めて、小さなクラブに移籍する選択もあるかもしれないと。(のち、ルカク選手はウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCに移籍した)僕は彼のアドバイスに全て従うことにしたし、結果としてそれは全てうまくいった

複数の言語を流暢に操る

幼い頃から学業の成績にも優れていたというルカク選手は、オランダ語、英語、ポルトガル語、スペイン語、フランス語を流暢に操る。ドイツ語も理解できるということだ。

💯🔵

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ルカク選手のストーリーを知って、少しファンになりました。読んで見て、背景に何かある選手は強いように思いました。

また、そんな背景がない選手は、挑戦・失敗・挫折・成長を繰り返すことが深みのある選手になる近道になると思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

現役時代に全国大会を経験。Jリーガーとプロの海外選手に指導を受け、「なぜ、日本の選手が上手くならないのか?」に気づき、そのサッカーでの『気づき』を子供たちに教えている。 また、小・中合わせて200人前後のサッカークラブの指導者として、サッカー上達への道しるべとなった経験がある。